九州ツギハギ歩き旅日記・長崎編3

九州ツギハギ歩き旅

九州ツギハギ歩き旅

3.水巻(みずまき)駅~鹿部(ししぶ)駅

スマホを片手にしたまま、学生がうつらうつらしている。

休日の早朝、車内に響くのはレール上の走行音くらいである。単調な調べが微睡を誘うのであろう。

車両の揺れが深い眠りに引き込んでいく。重力の悪戯に耐え切れなくなった身体に揺り起こされては、また居眠りに戻る。

ワシもあんな風に居眠りをしてみたいものである。

ワシは子供の頃から寝つきが悪かった。

保育園でのお昼寝は叱られないように寝たふりをしていた。学校に通っていた頃は、寝つくまでに1~2時間を要することが普通であった。

晩酌をしなければ、それは今でも変わらないであろう。

日常生活に支障が出るほどのものではないので、それほど気にしているわけではない。ただ気持ち良さげに居眠りをしている人を見ると、何とはなしに羨ましく感じるのである。

 

(うとうとするんは気持ちええもんの…)

 

電車の揺れに身を任せる。車窓を見慣れた風景が流れていく。

 

(電車で眠れりゃ、時間がすぐ経つ感じで、ええんやがのぉ…)

 

<飲まないと眠れない人には無理ですな>

今日は電車移動の後、30キロ程度の距離を歩く積もりであった。

地図アプリを開いて、行程の確認をする。

 

(今日は普通に歩いて行けますように…)

 

ありもしない国道3号線の歩道消失情報を探すかのように、ワシはスマホの地図を眺めるのであった。

 

 

快晴とまではいかないが、柔らかい日差しが通りを包んでいた。このまま3号線を進んで遠賀川(おんががわ)を渡る。

その川の名にワシは懐かしさを覚えていた。昔、そこを訪れたことがあるわけではない。小学生の頃、本でこの川のことを知ったのである。

その頃、ワシは友達と川で釣りをして遊ぶことが多かった。遠賀川ほどではないが、まあまあ大きい川で河川敷には小さな公園があった。

釣れる魚は、ほとんどがマブナやヘラブナであったが、ごく稀に鯉が釣れることがあった。

ワシはそこで一度だけ小さい鯉を釣ったことがあった。マブナとたいして変わらないサイズであったが、魚の口元に鯉の特徴であるヒゲを認めたときは本当に嬉しかった。

一緒に釣りをしていた友達も、我が事のように喜んでくれた。

釣った鯉を持ち帰り、二人でその友達の家の庭にある大きな池に放したことをよく覚えている。

そんな頃に、なけなしのお小遣いで買った鯉釣りの本に遠賀川とそこで釣れた大きな鯉の画像が載っていたのである。

それを見ながら、ワシもいつかこんな川で大物を釣ってみたいな、と胸をふくらませていたのであった。

 

(あれから数十年も経ったんやな…)

 

鯉釣りをするわけではなく、その上の橋を渡るだけなのであるが、感慨深いものがある。

鉄道橋と平行に伸びる橋から見渡す遠賀川は、満々と湛えた水を気怠そうに運んでいた。少し濁りのある水面の奥に大物の存在を想像させるに十分な姿である。

小さな夢の一部が叶ったワシを朝の光が祝福してくれているようであった。

足取りも軽く、気分良く橋を渡って行く。

 

(今日はええ予感しかせん)

 

<そうは問屋が卸さんのやないかの>

遠くに見える山と空を視界に入れながら、張り切って橋を渡り切る。

 

(ん……)

 

車道と側道が分離し始めている。

車道はやや右方向へ、歩道は側道と共にやや左方向へ、ワシの良い予感など何処吹く風でそれぞれの道は続いていく。

 

(ワシが何をしたって言うんじゃ…)

 

<似ても似つかぬ高倉の健さんよ、心当たりはあるだろう>

昔日の思い出に浸って高揚しかけていた気持ちに、いきなり水を差された形である。先が思いやられる展開であった。

 

「ファッ…」

 

腹立たしい3号線へ向けようとした英語のスラングを何とか飲み込む。

ワシは苛立ちを宥めるように溜息をつき、歩調を速めて道を下って行った。

 

 

側道は片側一車線の小ぢんまりとした通りにつながっていた。

地図を見た感じでは、通りを道なりに行けば、3号線に復帰できそうであった。

沿道には民家や個人経営の商店が続いている。

人通りはほとんどない。

背の高い建物は皆無で、空が明るく開けていた。行き交う車もあまりなく、見通しの良い通りは静かであった。

明るい光の中で、ゆったりとした時間が流れている。

不測の事態に揺れていた気持ちも落ち着いてきていた。

ワシは緩い日差しをまとって軽快に足を進めて行く。

 

(空気が淀んだ国道よりも、こっちの方がえかったかも知れん)

 

<ポジティブは根性なしを救う>

遠賀川(おんががわ)駅前を通過して行く。

朝の時間帯である。週末でなければ、駅には通勤等の利用者で相応に気忙しい雰囲気があるのかも知れないが、今はのんびりとした田舎町の駅といった風情である。

通りには町の規模に見合った生活利便施設が点在していた。あまり人気(ひとけ)はなくとも、地域で暮らす人々の生活感が漂う町並みである。

サインポールに少し変わった色の縞模様がある理髪店、首都圏にあるチェーン系カフェの店名を彷彿とさせるスナック、田舎のオシャンティーな味わいに心が和む。

 

(ちょっと気になる、の発見は面白いの)

 

<遊んでないで前進しなさい>

しばらく進んでいると、風景に田畑が混じるようになってきた。市街地の気配が遠退くような感じがして、そこはかとなく物寂しい感じがする。

軽くはしゃいでいた気持ちも静まってきていた。

緩い坂道を進んでいると、田んぼの先に鹿児島本線の電車が見えた。

 

(次の電車移動のときに、ここが見えるかもやな)

 

<先ずは今回、ちゃんと歩こうね>

黙々と坂を上って行く。

すると、坂の上に車がひっきりなしに行き交う通りが見えてきた。

ワシはフーと息を吐いて足を速めるのであった。

 

 

3号線の坂道を上り進めて行く。

国道沿いであるが、これまでとは違って店舗や事業所、その他の建物は、そう多くはない。車の往来は相応にあるが、人通りはなく、歩道には空虚感が漂う。

少しばかり気が滅入りそうになるのを振り払うように一歩一歩踏みしめて歩いて行く。

すると間もなくパーキングエリアに行き着いた。

自動販売機でペットボトル飲料を購入して、一息つきながら、その日の行程を改めてチェックする。

今日のゴール地点は、水巻(みずまき)駅から約30キロ先にある古賀(こが)駅を予定している。

当初、旅の計画するにあたって、ワシは日帰り歩き旅の回数を減らして経費を節減することを方針の一つにしていた。

その趣旨からすれば、今日は古賀駅から更に15キロくらい先の博多(はかた)駅をゴール地点にするべきとも考えられる。

早朝から歩き始めるのであるから、今日一日で歩き切れない距離ではない。

しかしワシはこの行程を敢えて二回に分けてこなすことにした。

ワシは基本、歩くことのみに集中して旅を進めていきたかった。しかし地図には載ってない国道の構造がルート変更を余儀なくする。

そこには地図確認や迂回によるロスが生じる。仕方がないことと分かっていても、苛立ちは拭えない。また不測の事態に未知の道中への不安も増す。

そんな心持ちでの旅が続き、ワシは歩き旅に対するモチベーションの低下を感じ始めていた。

そこで今日は30キロ程度の道程を消化し、次回、博多までの短い歩き旅の後に博多駅周辺の街歩きを計画したのであった。

大好きな街歩きでストレス発散である。

今日は予想外に早く迂回の洗礼を受けたが、この計画があったこともあり、早く気持ちを立て直すことができた。

 

(国道よ、お楽しみが待っとるワシは一味違うど!)

 

<やっぱり、根性ではなく欲望で乗り越えるんだね>

今日も国道3号線を行く。

問題がないに越したことはないが、あったとしても、古賀駅までの歩き旅を完遂する。

ワシは決意を新たにしてパーキングエリアを後にした。

 

決意を新たに歩き始めてから新たに汗をかく間もなく、歩道は側道と共に国道へ別れを告げた。

しかしワシの目の前には博多街歩きという餌がぶら下がっている。そんなことで心が挫けたりはしない。

通りを進んで行く。その左手には住宅が点在している。

側道は忌々しい国道に寄り添うようにして延々と続いていく。その内、道が行き詰まって、迂回路を探す必要がでてくることを覚悟しながら歩き進む。

しかし予想に反して、進めど進めど道は行き詰まる様子がない。順調に3号線の側を進んで行く。

このまま問題なく3号線に戻ることができるのではないか、との考えが頭をよぎり

始める。

しかし、これまでの経験からすると、楽観的見通しにどっぷりつかり始めた頃に望まぬ事態がやって来る。そして嵩増しされた精神的ダメージに打ちひしがれることになるのである。

地図で確認すれば、相応の見通しが立てられるので、あれこれ考える必要はないであろう。しかし、先に残念な迂回ルートが待っていると分かれば、足取りに影響するのは間違いない。希望を胸に歩いていたかった。

ワシは、心の備えは堅実にしつつ、ささやかな希望に背を押してもらいながら側道を歩いて行くのであった。

 

ささやかな希望が眼前の光景となって現れた。側道から別ルートへ迂回することなく、3号線に復帰できたのである。

 

(日頃の行いに問題はないはずじゃ。たまには幸運の女神様も微笑んでくれんとの)

 

<問題はあったはずじゃ…>

車の走行音をBGMに人通りのない国道を進んで行く。

切り開かれた山の木々、コンクリートで固められた法面、こうした風景に囲まれていると、独りぼっち感が増してくる。

気ままに歩き旅を進めていくには、独りの方が好都合ではある。

ただ、誰とも擦れ違ったりしないと、少しばかり不安感が湧いてくる。本当にそこを歩いていて良いのか、と思えてくるのである。

車社会にあっては幹線道路沿いを歩いて移動する人など稀なのであろう。しかし、こうも人の気配が感じられないものだとは予想もしていなかった。

わびしい雰囲気に包まれた歩道をひたすらに歩き続けた。すると、車道の先にある山が口を大きく開いて待っているのが見えてきた。

 

トンネルであった。

奥に進むにつれて空気の淀みが増していく。

オレンジがかった照明が不安な心持ちを増大させる。

こだまする車の不協和音が背後から迫ってくる。危機感に背中を撫でられているような感覚が脚の運びを急き立てる。

ちゃんとした歩道もあるし、徒歩移動に何の支障もないのであるが、トンネルの中はおどろおどろしい感じがする。

昼白色の出口がもどかし気に近づいてくる。近づくにつれ、身体の緊張が少しずつ解けてゆく感じがした。

トンネルを抜けて陽の光に包まれると、肺に多くの空気を取り込めるようになった感覚があった。

解き放たれたように前進していく。

そして数十メートルくらい進んだであろうか。ふと先に目をやると、また山が大きく口を開いているのが見えている。

ワシは少しばかり立ち止まった後、溜息と共に再び歩き始めた。

 

国道沿いの風景が郊外のそれになっていた。

田畑、一軒家、マンション、郊外型店舗が、ないまぜになって街が形成されている。

視界を遮るようなものはなく、前方180°全ての方向に空が延々と広がっている。

山の中の国道で感じていた閉塞感から解放された気分であった。

何となく身も軽くなったような気がして、足取りも軽快に通りを進んで行く。

相変わらず人通りはなかったが、郊外の生活感ある佇まいに安心感を覚えながら

歩き続ける。

薄曇りの空の下ではあったが、気温が徐々に上昇し始めているようであった。暑くなる前に目的地へ少しでも近づいておきたい。

遠くを見つめながら真っ直ぐに勢いよく前進して行く。

額に滲んできた汗を手で振り払っていると、恒例の光景が目に入ってきた。

また国道とのお別れである。

側(そば)道(みち)の歩道を進んで行く。道は県道に合流していた。

県道は国道と住宅地を隔てるように伸びている。

このまま道が国道に寄り添ったままであれば、先の場合と同様にそのまま国道へ戻ることが期待できると思われた。

期待を胸に歩き進んでいくと、それ程の時間を隔てることもなく道はワシの期待に応えてくれた。3号線に復帰できたのである。

肩透かしを食ったような心持ちでもあったが、嬉しい誤算は歓迎であった。

そしてその後も、同様な国道とのお別れがやって来たのであったが、ワシの期待は裏切られることなく旅は順調に進んでいった。

こうした僥倖は、ワシの善良な日常に対して幸運の女神様が微笑みかけてくれたものであろう、と考えることにした。

冷静に考えれば、この辺りの国道の構造がそのようになっていただけで、運不運の問題ではない。しかし歩き旅は楽しさもある一方で肉体的な厳しさもある。気持ちを前向きに保つことが肝要である。

女神様と昨日までのワシに感謝しつつ、ワシは気分よく古賀駅に向けて歩き続けた。

 

 

道路標示に「古賀(こが)市街」の表記を見てから、しばらく進んだところで地図を確認することにした。古賀駅は3号線のすぐ側にあるわけではないからである。

地図上で古賀駅へ通じている枝道を探す。すると、そこへの枝道に入る地点は既に過ぎていることが判明した。

引き返せないほどの距離ではなかった。しかし若い頃に気ままな街歩きを楽しんでいる頃から、ワシは同じ道を引き返すのが嫌いである。

登山であれば、遭難へまっしぐらと思われる習性であるが、現代日本の街中では特に問題はなかった。

引き返さない方向で道を探っていると、ふと別の案が脳裏をよぎった。古賀駅の一つ先の駅、鹿部(ししぶ)駅まで足を延ばすのも良いのではないか、と考えたのである。

 

(前回はあの体たらくやったからの…)

 

<ようやく思い出したか、高倉の健さんよ…>

あの不名誉を挽回し、次回の歩き旅の負担を軽減する。

そうして、次回のゴール後に待っている博多街歩きを十二分に満喫するのである。

時刻もお昼をいくらか過ぎた頃であり、現在地から鹿部駅まではそう遠くなさそうである。意を決して、ワシは鹿部駅方面へ足を向けた。

 

新たなゴールへ向けてしばらく歩いていると、歩道が側(そば)道(みち)へ吸収されていった。

この日も何度となく行き合った光景である。

ここまでの傾向からすると、このまま側道を進んで行けば、国道から離れることなく元の道に戻ることができるはずであった。しかし油断大敵である。

あまり楽観視はしないように戒めつつ住宅地と国道の間を進む。

お昼を過ぎて気温も30℃程度になっていると感じられた。

暑さに気づくと同時に帽子を被っていないことにも気づいた。そして、ほぼ間もなく帽子を持って来てすらいないことにも気づくことになった。

何かをする際には準備をするにはするのであるが、何かが欠落していることが少なからずあった。

人生をここまで共に歩んできた大雑把な性分がその時々に災いしているものと思われる。

返す返すも、ワシが始めた小さな冒険が文明社会での歩き旅で良かったと思う。

これが秘境の探検であったなら、旅からの帰館は奇跡でしかなかったであろう。

大冒険をするような度胸、体力、経済力、それら全てに恵まれなかった天分にも感謝すべきであった。

競争社会にある一社会人としては残念な天分ではある。

しかしワシは、つつがなくささやかな日々を送ることを第一としている。小さな冒険を楽しめる程度の天分があれば、十分であった。

大冒険は本や映像の世界にお任せすれば良い。

小市民の主張を切り上げて、意識を旅路に戻す。

道は国道から逸れることなく順調に伸びているように見えた。ゴールも確実に近づいて来ていることであろう。ワシは確かな足取りで側道を歩き進めた。

 

そしてこの日の旅で初めての試練がやって来た。道が国道から右斜め前方へ離れていったのである。

ゴールを延ばさなければ、訪れることのなかった試練である。しかし一方では、次回の試練を一つ潰すことにもなる。不幸なのか、幸いなのか、何とも言えない複雑な気持ちであった。

とりあえずは、面倒でも地図を確認しなければならない。すると今回の試練は可愛らしい悪戯程度のものであることが分かった。

右斜め前方向へ少しばかり進んだ後に左折すれば、すぐに国道へ戻れるようであった。迂回と言えるほどの迂回ではない。

案外な事実に再び拍子抜けしたような感じもしたが、覚悟した通りの試練に直面するよりは断然良い。

やはり今日のワシは幸運の女神様にちょっぴり愛されている。

予定以上の行程もこなして前回の旅の不名誉も挽回できるであろう。

それなりに不安を感じるような場面もあったが、概ね順調な良い歩き旅であった。

心は次回の博多街歩きに向かっていた。

国道3号線の空気は熱せられ淀んでいる。

決して快適な歩行環境ではなかったが、身も心も軽快に鹿部(ししぶ)駅に向けてラストスパートをかけるのであった。

 

 

昼下がりの住宅地の駅は閑静な佇まいであった。

トイレで用を足し、市販のウェットシートで汗を払拭する。

ウェアは湿っているが、速乾性のあるものなので、そのうち自然に乾いていくであろう。

スッキリした身体で帰りの切符を購入し改札へ向かった。

 

帰りの電車を待つホームでペットボトル飲料を口にしながら、何気なく時刻表に目を向ける。

 

(ん⁉…何かおかしい…)

 

どうしても拭いきれない違和感があった。何かが違っている感じがする。どうでも良い程度の違いなのであろうが、何となく気になって時刻表から目が離せない。

少しの間、時刻表全体を眺めてみる。

 

(ん…電車の本数が少ないんやないかの…)

 

これまで何回か小倉駅で鹿児島本線への乗り換えをしたことがあったが、乗り換えにそれほど時間を要した記憶はなかった。おそらく各時間帯に小倉駅を出発する電車の本数は相当程度あるはずである。

実際に乗り換えをしたその感覚からすると、鹿部(ししぶ)駅の時刻表にある電車の本数への違和感を拭うことができなかった。

ネットで鹿児島本線小倉駅の時刻表を検索する。

両駅の時刻表を比較してみると、すぐに1時間毎の電車の本数に差があることが見て取れた。

 

(快速がない…)

 

鹿児島本線では普通料金で普通電車と快速電車を利用できる。

快速電車は終着駅に普通電車より早く到達できるように設定されたもので、本線上のいくつかの駅を止まらずに通過する。

その結果、通過駅で降車したい乗客が快速電車を利用する場合、通過駅の手前の駅で普通電車への乗り換えが必要になるのである。

そして、ここ鹿部(ししぶ)駅は通過駅である。

一つ付け加えると、古賀駅は快速停車駅であった。

つまり、ワシは労力をかけて次回の旅の電車移動で乗り換えという余分な労力を創り出したことになる。

もちろん、乗り換えた電車が端から普通電車であれば、そのような問題は出てこない。可能性の問題でしかない。そう自らを納得させるしかなかった。

 

(……)

 

<それを後の祭りと言う>

それは以前、ネットショッピング後に「最安値ドットコム」を見てフリーズしたワシの姿と重なるものがあった。

頭の中で女神様の笑い声がこだまする。

ワシは遠い目で時刻表を眺めていた。

その立ち尽くすホームに電車はしばらく来なかった。

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